2025年3月の記事一覧
「卒業証書授与式」を終えて (2025.3.4)
3月1日(土)は、本格的な春の到来を思わせる穏やかな晴天に恵まれました。この晴れの日に、24名の御来賓の御臨席を仰ぎ、第59回卒業証書授与式が挙行されました。
卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。
卒業生呼名の全員の返事が、壇上にいた私にしっかりと届きました。卒業生の皆さん全員の、卒業式に対する真摯な気持ちが伝わってきて感激しました。
卒業式では、村田町長・大沼克巳様、PTA会長・近江正彦様より御祝辞を頂戴しました。ありがとうございました。
また、現生徒会長の送辞は、心のこもった優しく温かいメッセージで、感謝の気持ちが卒業生の心にしっかりと伝わったことと思います。素晴らしい送辞でした。
詩人・斎藤茂吉が蔵王を詠んだ詩の一節を用いるなど格調の高かった答辞。最後は感極まって流れる涙で言葉が詰まりましたが、充実した高校生活が思い窺える最高のメッセージでした。
校歌斉唱時には、今回初めて使用された音源が用いられました。1年次有志が収録に協力してくれたおかげで作ることができた新たな音源の元気な歌声に合わせて、卒業生、教職員も大きな声で校歌を歌いました。
私の式辞は、昨年11月1日に挙行された、本校創立100周年記念式典の式辞からの続編のように仕立てました。詩人・童話作家 宮沢賢治の作品「銀河鉄道の夜」をモチーフとして、100年前の村田町に軽便鉄道が走っていたことに思いを寄せながら、私の恩師、地理学者・米地文夫先生への感謝の意も込めて作りました。
卒業生の皆さんが、これからの人生で「本当のさいわい」を探しながら心豊かに過ごしていくことを願っています。以下、式辞を紹介します。
式 辞
雪の衣をまとう蔵王の峰は麗しく、それでも日差しは和らいで、春の本格的な訪れを間近に感じます。
本日、村田町長 大沼克巳 様、本校PTA会長 近江正彦 様 本校同窓会会長 高橋秀夫 様をはじめ、多くの御来賓、保護者、御家族の皆様の御臨席のもと、令和六年度卒業式を挙行できますことは誠に大きな喜びであり、心より御礼申し上げます。
ただいま 卒業証書を授与されました四十五名の卒業生のみなさん 卒業おめでとうございます。在校生・教職員一同 心よりお祝い申し上げます。
また、この日までご子息・ご息女を手塩に掛けて育ててこられた保護者・御家族の皆様、今日の節目の日を迎え、希望溢れる卒業生の姿に喜びもひとしおのことと拝察いたします。
本日の卒業式は、前身となる宮城県村田 実科高等女学校設置から百年を迎え、創立以来の卒業生の数が一万人の大台を超える、本校にとって記念すべき式典となりました。この晴れやかな舞台を、卒業生、御臨席の皆様と共にできることを大変光栄に思います。
さて、人生百年時代を生きていく卒業生の皆さんの門出にあたり、私が一番に願っている事は卒業生一人一人が「心健やかに幸せな人生を歩んで欲しい」ということです。皆さんの存在は、それぞれに等しくかけがえがなく、尊いものです。
そして、言うまでもなく、例えば就職に際して、従事する仕事の種類や地位・肩書き、収入額などが決してその人の価値や、幸せの度合いを定めることにはならないでしょう。
それでは、「幸せな生き方」とは、一体どのようなものでしょうか。
岩手県花巻市出身の詩人・童話作家 宮沢賢治の作品「銀河鉄道の夜」は、物語全体に楽しい場面や悲しい出来事がちりばめられた、不思議で謎めいたお話です。主人公の少年ジョバンニは、友人カムパネルラと銀河鉄道に乗り星空の幻想空間を旅します。そして、この二人が、列車を乗り降りする乗客の生き様を通して「本当のさいわい」に思いを巡らせていきます。
列車に乗る二人は、近くの座席に座る、捕まえた鳥を売る商売人や、家庭教師と二人の姉弟など、様々な登場人物との会話を通して、それぞれの乗客が様々な人生を歩んできたことを知ります。家庭教師の青年と二人の姉弟は、氷山にぶつかり沈んでしまった船に乗っていました。海に漂う三人は、救命ボートに乗れず、ほどなく銀河鉄道に乗車してきたのです。列車の乗客は、「正しい道を進んでいれば、どんなにつらいことであっても、本当の幸福に近づけている」と彼らを慰めます。
列車の窓からサソリ座の星が赤く燃える様子を見ると、姉弟の姉は「沢山の命を奪ってきたサソリが、自分が死ぬとき『本当のみんなの幸せのために自分
の体を使ってください』と神様にお願いした」一節を語ります。やがて、彼らは神様のところへ行くため南十字星の駅で列車を降りていきます。
旅を続けているうちに乗客はジョバンニとカンパネルラだけになってしまいます。ジョバンニは、カンパネルラに「僕はもう、あのサソリのように本当にみんなのさいわいのためならば、僕の体なんか百ぺん焼いても構わない」と話します。「僕たち、どこまでも一緒に行こう」と言ってカンパネルラのほうを見ると、その姿は、もう座席にありませんでした。
泣き叫ぶジョバンニは、カンパネルラが川に落ちた友人を助けた後、そのまま行方が分からなくなっていたことを知るのです。
私の大学時代の恩師、地理学者・米地文夫の著書「『銀河鉄道の夜』解体新書」によれば、この作品が楽しさと悲しさ、そして不思議さとを併せ持つのは、完成前に賢治がこの世を去り、断片的な原稿が、無理矢理つなぎ合わせられたからだと論じています。
さらに、賢治の創作活動に大きな影響を与えたのが、当時の花巻市を走っていた二つの鉄道路線だとして、作品を貫く、悲しい旅の場面は東北本線夜行列車の大きな蒸気機関車、そして垣間見える楽しい旅の場面は、岩手軽便鉄道の小さな蒸気機関車が牽引する客車に着想を得たものだと区分しました。
賢治がこの物語の原稿を書き始めたのが、今から百年前。この頃、村田の地にも仙南温泉軌道の小さな蒸気機関車が客車を牽いて走っていました。
賢治が、ふるさとを走る夜汽車に着想を得て童話「銀河鉄道の夜」を生み出し始めた頃と時を同じくして、本校は軽便鉄道の汽車が走っていた村田町で産声を上げました。それから百年の節目に皆さんはここを旅立ち、それぞれの道のりを歩み始めます。
鉄道の旅になぞらえれば、皆さんはここ村田高校駅で、かけがえのない経験をしっかりと胸に刻みました。各系列で取り組んだ日々の授業、実習。人生初
の飛行機搭乗となった人も多い修学旅行。大阪の自主研修では迷子の友達を探しに行ったことで、新たな迷子が発生しました。学年が団結した学校行事、部活動の大会、作品展、学校の垣根を越えた連合チームの仲間との思い出、全国大会での輝かしい成果。
百年に及ぶ時代を生きていく卒業生の皆さんは、今から百年前の人が、スマートフォンを持ちGPS機能を使いこなす私たちの生活を考えつかなかったように、これから、想像を遙かに超える文明の発展を目の当たりにしていくことでしょう。しかし、「便利で豊かな暮らし」が、必ずしも「本当のさいわい」をもたらしてくれるとは限りません。
賢治がそうであったように、皆さんもこれから出会い、見聞きする様々な経験を通して「本当のさいわい」について考え続け、それを大切にしながら、日々を誠実に過ごして欲しいと思います。
人生の旅を続ける皆さんが進む線路の、遙か先に広がる終着点の光景が、皆さん一人一人にとって美しく何よりも愛おしいものであることを願っています。
保護者の皆様には、三年間にわたり、本校の教育活動推進のために温かい御支援と多大なるお心遣いを頂戴したこと、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
また、本日ご多用の中、御臨席賜りました御来賓の皆様の、常日頃からの御厚誼に心より感謝申し上げ、結びに、本日御参加の皆様、そして卒業生の前途に幸多からん事を、心より 祈念して式辞といたします。
令和七年三月一日
宮城県村田高等学校 校長 安斎 善和
式典を終えた体育館会場の様子です。
壇上にあった、美しい花の生けられた花瓶は、事務室前廊下に移動しました。
卒業生が去った教室の様子を紹介します。
3年1組の黒板アートです。
3年1組のカウントダウンカレンダー、日めくりの最後の1枚です。
3年2組の黒板アートです。前の黒板と後ろの黒板に描かれていました。
3年3組の黒板アート
3年3組は体育祭総合優勝でしたね。賞状、トロフィーが残されていました。
校地内でふきのとうが顔を出し始めていました。・・・もうすぐ春ですね。
春の日差しの渡り廊下。 卒業生の皆さんが、いつまでも元気で幸せに過ごせますように。