2026年3月の記事一覧
【校長のつぶやき】最終回・年度末の村高風景(2026.3.24)
卒業式を終え、3月の行事が次々に行われました。季節も着実に巡り、春を実感できる今日この頃です。
卒業式の翌日、3月2日(月)には、全校生徒(1、2年次)を対象とした「役職定年記念講演会」の機会をいただきました。3、4校時(11時から12時50分まで)に階段教室(総合実習棟3階の簿記会計実習室)を会場として実施しました。
前半は「風景との対話」と題して、大学時代の卒業論文(能登半島における完新世地殻変動)のフィールドワークの様子、学生時代に活動していたオリエンテーリング競技について、日本画家・東山魁夷先生の著書「風景との対話」などについて話をしました。
能登半島の海岸地形(完新世海成段丘の比高等)を元に能登の地殻変動を考察したのは今から38年も前の事でした。
海岸地形の写真画像も沢山紹介しました。
後半は、1994年に北欧一人旅をしたときの様子を紹介しました。
当時の写真画像を紹介しながら、風景や、人との出会いを振り返りました。スライドは、スウェーデンのノーベル賞受賞作家セルマ・ラーゲルレーブと作品「ニルスのふしぎな旅」が描かれているスウェーデンの紙幣です。
講演会後には、村高生の皆さんから心のこもった感想のメッセージを寄せてもらいました。皆さん、ありがとうございました。
それから一週間後、3月9日には、本校正面階段脇で早咲きの「河津桜」が開花しました。
日差しも穏やかで、春の到来を実感しました。
3月19日は、1年次レクリエーション会に参加しました。
バスケットボールやドッチボールで、各クラスと教員チームの計4チームが熱戦を繰り広げました。
クイズ大会も4チームが出場しました。各チームの3名が力を合わせて回答を捻り出しました。
そして、ゼスチャーゲーム。どのチームも、途中から少しずつゼスチャーが乱れて、いつの間にか最後には珍回答続出!
1年次の皆さんと楽しいひとときを過ごすことが出来ました。皆さん、ありがとうございました。
最後に、修業式の式辞を紹介します。
令和7年度 修業式式辞
3月中は高校入試が続き、登校日が少なくなっていましたが、皆さん、元気に過ごしていたでしょうか。今年度の高校入試が終わり、4月から入学生が新たに村高生として仲間入りをする事となります。
また、これに先だって3月1日に実施された卒業式では3年生58名が本校を巣立ち、新しい人生のステージへと、歩みを進めました。
3月に入って、新入生、卒業生にとって人生の大きな節目となる行事が続いていますが、実は、本日は、皆さんにとっても、高校生活のそれぞれの学年に別れを告げる大切な「節目の日」です。
皆さんは、一年間取り組んできた授業の学習成果について、それぞれ「履修」及び「習得」が認められ、本日、修業式を迎えることになりました。
まずは皆さん、今年度、ここまでよく頑張りました。皆さんの、この一年間に積み重ねた努力に敬意を表すると共に、着実に積み上げた単位の履修・修得を、皆さんと共に喜びたいと思います。
さて、皆さん、何かをコツコツと積み重ねることの大切さは、こうした、節目の日に強く実感できるものだと思います。高校生活では、例えば学習の積み重ねの大切さは「修業式」や「卒業式」の時に深く感じることができます。また、部活動ならば、引退を迎える最後の大会に出場した時、最後の作品の制作を終えた時などに、深い感慨とともに味わえるのだろうと思います。
ただ、私たちは毎日の生活を続けるにあたって、必ずしも順調に、うまく物事が進む事ばかりではないことも良く分かっています。
以前もお話ししましたが、多感な年頃の皆さんは、おそらく様々な悩みを抱えて、毎日を過ごしているのだと思います。感情の起伏も大きく、自分の気持ちを上手くコントロールできない事もあるでしょう。
時に、友人の発した言葉で深く傷ついたり、反対に、とびきり元気になれたりしながら、高校生活を送っているのではないでしょうか。
それでも、ここにいる皆さんは節目の修業式を迎えることができたのです。今日は、これまで頑張ってきた自分をしっかりと褒めてあげてください。
さて、私もあと一週間で人生の大きな節目の日を迎えます。これまで、かつて、私も皆さんと同じくらい若い頃は、小・中・高・大学で、それぞれ進級や卒業の節目を経験してきました。その後、37年間は宮城県の公立学校教員として歩んできましたが、いよいよゴールテープを切る時を迎えました。
私は、自分の教員生活を振り返ると、順調にうまく物事が進んだことはほとんど無く、思い通りの生徒指導ができなかったり、予定通りの授業ができなかったりと、苦しい場面の連続だったように思います。仕事の手際が悪かったので、毎晩遅くまで職場に残り、何とか仕事をこなしてきました。悩みを抱え、学校や職場に行くのに気が重い日もありましたし、転職したいと考えたこともありました。
それでも、幸い、良き生徒や同僚の先生方との縁に恵まれ、そうした人たちに支えられ、励まされ、何とかここまで、仕事を続けることができました。
今、実感しているのは、ここまで続けてくることができて本当に良かったということです。今となっては、上手くいかなかった指導や、残念な経験でさえもが、かけがえのないエピソードだったと感じています。最後の勤務校となった村田高校まで、これまで併せて13カ所で働いてきましたが、どの職場の経験もとても貴重でかけがえのないものでした。
村高生の皆さんにも、将来、続けてきて良かったという経験を味わってもらいたいと思います。そのためにも、まずは来年度の高校生活で、2年次の皆さんは卒業式、1年次の皆さんは次の修業式で、自分の歩みを良かったと振り返ることができるような日々を過ごして欲しいと思います。
村高生、先生方の今後の益々の活躍を心からお祈りして、私からの話を終わります。
2年間にわたり、連載した「校長のつぶやき」は今回で26作目ですが、私は今月をもちまして役職定年を迎えますので、私のつぶやきはこれが最終回となります。村田高校は、もっと紹介したいことが沢山ある素晴らしい学校です。この学校に勤務できて本当に良かったです!
これまでブログを御覧いただきました皆様に心より感謝申し上げ、皆様の御健勝・御多幸と、村田高校の益々の発展を祈念して、最後の挨拶と致します。
本当にありがとうございました。 (安斎 善和)
【校長のつぶやき】卒業式が行われました(2026.3.1)
春の陽気の元、3月1日(日)に卒業証書授与式が挙行されました。来賓、卒業生の保護者・御家族、本校教職員に見守られ、58名の卒業生全員が本校を巣立っていきました。
いよいよ役職定年を迎える私にとっても、節目となる卒業式となりました。式辞は、1年前より構想を練って準備をしてまとめました。
卒業生、保護者の皆様、先生方に思いを寄せると共に、自身の教員生活を振り返り、縁あった出会ったすべての皆さんへ感謝の気持ちを込めて綴りました。
(Web上ですので、登場する生徒の名前を伏せて御紹介します。)
式 辞
雪の衣をまとう蔵王の峰は麗しく、それでも里山から届く梅の花の便りは、ここ村田の地への確かな春の訪れを告げています。
本日 村田町長 大沼克巳 様、本校PTA会長 佐々木和人 様、同窓会長 髙橋秀夫 様をはじめ、多くの御来賓、保護者、御家族の皆様の御臨席のもと令和七年度卒業式を挙行できますことは誠に大きな喜びであり、心より御礼申し上げます。
卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。
今日は皆さんにとって間違いなく人生の節目となる一日だと思います。皆さんの、記念すべき旅立ちの式典に同席できることを大変光栄に思います。
そして保護者、御家族の皆様にも心より御祝い申し上げます。御子息・御息女がこの世に生を受けて以来、皆様は我が子に寄り添い、その成長を喜んだり、体調を崩せばハラハラしたり、幾度もの一喜一憂を繰り返しながら、人生を歩まれてきた事と思います。とにもかくにも本日の晴れの日を迎えるにあたり、全てのスタートは、一人一人の子ども達の生誕の日でした。保護者、御家族の皆様は、その日のことをよく覚えていらっしゃるのではないでしょうか。
特に、ご懐妊後は時につわりに苦しみ、ご自身の体調が悪くても薬も飲めず過ごし、お腹を痛め出産に至ったお母様は、そのご経験もあるが故に、我が子の生誕の日は、特別な一日だったと拝察致します。
生誕の日を節目ごとに祝う、誕生日は大切な記念日です。誕生日は、親と子を結ぶ特別な一日であると思います。三組には本日誕生日を迎えた卒業生がいます。○○○○さん、誕生日おめでとうございます。 【会場拍手】
私は、初任の頃、クラスや授業の生徒に、このように教室で皆に紹介をしながら誕生日カードを渡していました。新米教師として指導や関わりが上手くいかなかったとしても、誕生日を祝えば生徒は嬉しいだろうと考えました。着任早々、生徒の誕生日を教務手帳に書き込み、絵はがきを誕生日カードとして準備しました。生徒の担任や部活動の顧問などに取材しながら、生徒の良いところや頑張っている事を、そして励ましの言葉を絵はがきカードに書き込みました。
教員一年目に渡した誕生日カードは約二百二十枚。授業や朝のSHRのはじめに、誕生日の生徒を紹介して手渡しました。長期休業中や、国体の遠征などで長期間学校を空ける際は、帰省先や遠征先から生徒の自宅あてにはがきを郵送しました。
初任校勤務は七年、その間延べ千数百枚のカードを作りました。的を得たメッセージばかりだったとは思いませんが、誕生日カードを受け取り嫌な顔をする生徒はいませんでした。「誕生日に、家族からお祝いの言葉をかけられなかったけれど、先生から誕生日カードをもらえたので、本当に嬉しかったです。」と、感謝されたこともありました。
初任校を離れ三十年も経ちますが、「いただいた誕生日カード、今でも大事に持っています。」とか「人生で唯一受け取ったエアメールが、先生からの誕生日カードです。」という声も年賀状などで届くことがありました。
さて、皆さんが受け取った卒業証書には皆さんの生年月日が記されています。卒業生の門出にあたり平成十九年度の手記を開き、皆さんの生誕の日を振り返ってみました。私は当時、宮城県教育研修センターに勤務していました。その一部を紹介します。
一組 ○○○○君の生まれた日は、金曜日。この日私は、科学巡回教室のメンバーとして東日本大震災被災前の名取市立閖上小学校を訪問。子ども達と風車を作り、校庭を走って手にかざした風車を回しました。当時の閖上小学校校庭の遊具や校舎が思い返されます。この日は、山形に住んでいる教え子からサクランボが届き美味しくいただいた日でもあります。
二組 ○○○○さんと三組 ○○○○さんの生まれた日も金曜日。この日私は、帰省先の愛知県にいました。よく晴れた風の無い暑い日でした。家族でレジャー施設に出かけ、芝生の広場を散策したり、遊具で遊んだりしながら、楽しく過ごしました。夜は、高校時代の恩師宅を一家で訪れ、恩師のご家族と共に呑んで語らう楽しい時間を過ごしました。
三組 ○○○○さんの生まれた日は水曜日。この日、小学校一年生の長女は、校内持久走大会に参加しました。校庭三週・六百メートルをトップで走り抜く姿を、妻がハンドカメラでビデオ撮影していました。その後、長女の陸上大会の追っかけビデオ撮影は、彼女の陸上競技引退レースとなった高校三年生の東海インターハイ四百メートルリレーまで、十二年間続きました。
○○○○君の生まれた日は木曜日でしたが、この日は、長女の誕生日プレゼントを買いに本屋さんに立ち寄りました。おてんば娘だった長女へのプレゼントは、学研の「昆虫の図鑑」でした。
一組担任、○○○○先生が生まれた日は火曜日。当時、柴田高校陸上部の顧問だった私は、部員たちと、前々日に遠征した「田尻クロスカントリー大会」の反省、そして三日後に控えた「亘理クロスカントリー大会」への準備に関するミーティングを持ちました。部活の時に、私も生徒と共に走っていた懐かしい時代です。
二組担任、○○○○先生が生まれた日は木曜日。大学生だった私は、その日は夜遅くまで研究室に残り、卒論のフィールド、能登半島で採取した泥や、貝殻の化石の分析作業を行っていました。
三組担任、○○○○先生が生まれた日は火曜日。夏休みに入って間もないこの日、私は東京・国立科学博物館の高校理科教員研修会に参加。当日の研修内容は「人類の歯と進化」で、講義の後に、人類の頭蓋骨の化石を観察しました。
三年次主任の○○○○先生が生まれた日は木曜日。高校二年生だった私は、愛知県に住んでいました。この日はプロ野球日本シリーズの中日対西武の第五戦が行われ中日は敗れ、この年は最終的に西武が日本一になりました。当時中日ドラゴンズの監督だった近藤貞雄さんは、私の通う高校の卒業生でしたので、学校では皆で大変残念がったことをよく覚えています。
縁あって村高で出会えた卒業生や先生方のおかげで、私は、これまで過ごしてきたいくつもの日々と手記を通して向き合い、かけがえのない時間を振り返る機会をいただきました。
皆さんにとっての原点とも言える、この世に生を受けた日は、ご両親、ご家族にとっても特別な日でした。そして、まだ皆さんと出会っていなかった私にとっても、人生で欠かすことのできない体験を重ねた一日でした。
私たちが何気なく過ごしている「毎日」は、誰かにとってのかけがえのない生誕の日でもあり、また、別の誰かにとっては この世を去る旅立ちの日でもあることでしょう。この世に生を受け、限りある時間を生きる私たちは、だからこそ、毎日を愛おしみ、大切に過ごしていきたいものです。
卒業生の皆さんとは、二年間学校生活を共にしてきました。本校創立百周年の節目を二年次で迎えた皆さんは、そのチームワークで本校の歴史を着実に積み上げてくれました。
白石蔵王駅で修学旅行のお迎えをした時は、添乗員の方から皆さんのマナーの良さを褒めていただきました。同じホテルに宿泊していた一般客の方に、皆さんが気持ちの良い挨拶をしてくれたおかげです。
三年次で迎えた体育祭では、体育祭実行委員長の○○君を中心に全員がしっかり団結して、なんとも温かい雰囲気を作り盛り上げてくれました。皆さんがリードしてくれたおかげで、下級生も安心して楽しむ事ができたと思います。開会式では選手宣誓の三名が工夫を凝らしたパフォーマンスで笑いを作り、閉会式では、三年次が表彰台を独占していました。それぞれが趣向を凝らして作ったクラスTシャツも宝物ですね。私も沢山の寄せ書きをお願いされて、とても嬉しかったです。
文化祭も、実行委員を○○さん、○○さんがまとめ、3年次の皆さんが団結して盛り上げてくれました。文化祭前には、毎日遅くまで学校に残り、後輩達を優しくリードしながら準備にあたっていたのが印象に残っています。皆さんのダンスやバンド、歌や発表などに混ざって、私も杉井先生と漫才を披露した事は良い思い出です。
同時開催の「親と子と先生といも煮会」。どの鍋のいも煮も、最高に美味しかったですね。お替わり回数の最多記録は誰がつくったのでしょうか。
やはり、こうして振り返れば、どの毎日も、なつかしく愛おしいものです。皆さんが村高で過ごした三年間に、この学び舎で出会った数え切れないエピソードの一つ一つが、皆さんの今後の人生の糧となる事を、教職員一同心より願っています。
そして、これからも卒業生の皆さんが、自分の歩みを振り返った時に、ふっと笑顔がこぼれるような、素敵で、誠実な人生を歩み続けられるよう、心よりお祈りしています。卒業生の皆さんをこれからも、いつまでも応援しています。
保護者の皆様には、三年間にわたり、本校の教育活動推進に向けて温かいご支援と多大なるご協力を賜りましたこと、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
また、本日ご多用の中、ご臨席賜りました来賓の皆様には、これまでお寄せにいただきました、本校へのご厚情に感謝申し上げるとともに、今後とも引き続きのご支援・ご鞭撻をお願い申し上げます。
結びに、ご臨席の皆様の今後益々のご発展、ご活躍を、そして卒業生の前途に幸多からん事を、心より祈念して式辞といたします。
令和八年三月一日
宮城県村田高等学校 校長 安斎善和
ブログを見てくださっている皆さん、いよいよ今年度も最終盤を迎えました。今回もブログを見ていただきありがとうございました。インフルエンザ等の感染症も相変わらず流行していますので、感染予防を万全にされ、くれぐれもご自愛の上お過ごしください。今年度もあと一月、共に毎日を大切に過ごしていきましょう!