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校長のつぶやき

【校長のつぶやき】図書館新着2冊を紹介します〈能登半島を思う〉(2025.12.1)

 今年度、私のおすすめの書籍2冊が、本校図書館蔵書に加わりました。いずれも、敬愛する東山魁夷先生(1908-1999)の著書です。国民的画家と称され、文化勲章を受章した日本画の巨匠は、名文筆家でもあります。作家・川端康成先生に「散文詩のような文章が音楽を奏でている」と評された随筆集「風景との対話」です。

 もう一冊は絵画集「白夜の国」です。魁夷先生は54歳の時、奥様のすみ様とともにデンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドを訪問し数ヶ月間の制作旅行をしました。このときに描かれた風景画が、短いメッセージとともに絵本のように配された美しい本です。

 村高生の皆さん、図書館で本を手に取り眺めてくださいね。

 

 昨年度の「図書館だより 第105号(R6.3.1)」に寄稿したつたない文章をご紹介します。

 

  「風景との対話」                                      

 みなさんは、これまでにどのような本に出会ってきましたか。小さい頃は好きな絵本があったり、文章を読むのは苦手だけれど、漫画なら沢山読んできました、という人もいると思います。どのようなジャンルの本であれ、読書を通して自分が大好きだと思える作品と出会えることは幸せなことですよね。私が最も大きな影響を受けている本は、日本画家・東山魁夷(ひがしやま かいい)さんの随筆集「風景との対話」や絵画の作品集です。今回は、私が東山芸術に出会った経緯を紹介します。

 私は、学生時代に地形学を専攻していました。卒業論文研究は、石川県能登半島の地殻変動。仙台でアパート暮らしをしながら能登の港町にも下宿先を見つけ、中古の原付バイクで半島全体を巡りました。調査では、過去の海面の高さを示す地形を測量したり、田んぼの一角でボーリング調査をして堆積物の砂泥を採取したり、露頭で貝化石などを見つけたりしました。採取した試料を仙台に持ち帰り、大学で化学分析をしてデータを集約し、一万年前くらいから現在までの半島全体における地盤運動を考察しました。この調査で、能登地方ではこの期間に何度か大きな地震があり、半島全体が北西上がりに傾きながら隆起をしたことがわかりました。(令和6年1月1日の能登半島地震でも、同様の傾向が見られました。)能登の美しい風景と対話することで、わずかばかりの成果をたぐり寄せ、それをまとまた事が私の学生時代の忘れ得ぬ思い出です。

 私が随筆集「風景との対話」と出会ったのは、教員になったばかりの頃。書店でこの本を見つけ、タイトルに一目惚れしました。地形学者以外に風景と対話するのはどのような人だろうと思い、その本を購入しました。

 以来、彼の生き方や絵画作品に共感し続けて現在に至っています。1998年の冬。私は東山さんにファンレターを出しました。日本画家として風景との対話を続けてきた事への敬意や、学生時代に地形学をかじった私の、つたない「風景との対話」についての思いを綴った内容でした。すると、東山さんから返事が届き、さらに画集や随筆集なども送ってくださりました。没後25年を経てなお、国民的画家と評される東山さんからいただいたお便りや書籍類は私の宝物です。

 東山さんは、絵になる場所を探すという気持ちを棄てて、ただ無心に眺めていると相手の自然のほうから、私を描いてくれと囁きかけるように感じる風景に出合ったそうです。そして、その何でもない一情景が彼の心を捉え、足を止めさせ、スケッチブックを開かせたのです。彼をこの境地にまで高めたのは、終戦間際に徴兵され、陸軍での特攻訓練に参加した経験でした。ほどなく終戦を迎え、他力によって生かされていることを悟った東山さんは、以後珠玉の名作を次々に世に送り出しました。

 東山さんは能登の海も描き、私が旅行で何度か訪問した北欧諸国の風景画も沢山残しています。長女の名前は、フィンランドの森と湖を描いた作品のタイトル「スオミ」から命名しました。私の人生の歩みの傍らには、いつでも東山絵画が寄り添ってくれているように感じています。

 皆さんも、機会があれば東山さんの絵画作品や著書に触れてみてくださいね。

 

 私は今夏、37年ぶりに能登半島を訪問しました。令和6年元旦に発生した「能登半島地震」、同年9月の豪雨災害によって、半島内の道路は今なお至るところで寸断され、丘陵地では至るところで地滑り、斜面崩壊が確認されました。

 昨年度、本校生徒会では文化祭収益金の一部を、地震・豪雨で大きな被害を受けた能登の方々への義援金とさせていただきました。一連の自然災害で犠牲となった方々に哀悼の意を捧げるとともに、一日も早い能登の復旧・復興を心より願っています。

 

 能登半島・石川県珠洲市の見附島付近。以前は海水浴を楽しむ方々で賑わっていた観光地にも、地震災害の痕跡が残されています。後方に写る見附島は、船のように見えたかつての姿から「軍艦島」とも呼ばれていました。現在は地震の揺れで島の形が崩れ、ずいぶん雰囲気が変わってしまいました。

 

 

 輪島市曽々木海岸付近。地すべりによって崩壊した斜面が連なっていました。

 

 

 輪島市曽々木海岸のトンネル入り口付近。片側交互通行にして、入り口付近の地すべりによって生じた土砂の撤去・復旧が行われていました。

 

 今年8月にも線状降水帯が能登半島付近に発生し、新たな豪雨被害が生じました。地すべりに伴って倒れたばかりの木々の姿が痛々しいです。

 

 

 輪島市ツバ崎付近。地震隆起により、海岸線一帯の地盤が高くなったようです。

 

  一方、能登半島内湾に位置する能登島では地盤が沈降して、海水面がかなり高くなったようです。家屋の基礎くらいまで海面が到達しており、居住ができなくなった家もあるのだろうと思いました。

 

 

 写真遠方に見えるのが「能登島大橋」です。かつては、能登島につながる唯一の橋でしたが、現在は「ツインブリッジのと」からも能登島へ渡ることができます。

 

 

 ブログを見てくださっている皆さん、いよいよ年の瀬が迫ってきました。インフルエンザ等の感染症も流行していますので、感染予防を万全にされ、くれぐれもご自愛の上お過ごしください。