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校長のつぶやき

【校長のつぶやき】最終回・年度末の村高風景(2026.3.24)

 卒業式を終え、3月の行事が次々に行われました。季節も着実に巡り、春を実感できる今日この頃です。

 

 卒業式の翌日、3月2日(月)には、全校生徒(1、2年次)を対象とした「役職定年記念講演会」の機会をいただきました。3、4校時(11時から12時50分まで)に階段教室(総合実習棟3階の簿記会計実習室)を会場として実施しました。

 

 前半は「風景との対話」と題して、大学時代の卒業論文(能登半島における完新世地殻変動)のフィールドワークの様子、学生時代に活動していたオリエンテーリング競技について、日本画家・東山魁夷先生の著書「風景との対話」などについて話をしました。

 

 能登半島の海岸地形(完新世海成段丘の比高等)を元に能登の地殻変動を考察したのは今から38年も前の事でした。

 

 海岸地形の写真画像も沢山紹介しました。

  

 後半は、1994年に北欧一人旅をしたときの様子を紹介しました。

 

 当時の写真画像を紹介しながら、風景や、人との出会いを振り返りました。スライドは、スウェーデンのノーベル賞受賞作家セルマ・ラーゲルレーブと作品「ニルスのふしぎな旅」が描かれているスウェーデンの紙幣です。

 

 講演会後には、村高生の皆さんから心のこもった感想のメッセージを寄せてもらいました。皆さん、ありがとうございました。

 

 それから一週間後、3月9日には、本校正面階段脇で早咲きの「河津桜」が開花しました。

 

 日差しも穏やかで、春の到来を実感しました。

 3月19日は、1年次レクリエーション会に参加しました。

 バスケットボールやドッチボールで、各クラスと教員チームの計4チームが熱戦を繰り広げました。

 クイズ大会も4チームが出場しました。各チームの3名が力を合わせて回答を捻り出しました。

 そして、ゼスチャーゲーム。どのチームも、途中から少しずつゼスチャーが乱れて、いつの間にか最後には珍回答続出!

 1年次の皆さんと楽しいひとときを過ごすことが出来ました。皆さん、ありがとうございました。

 

 最後に、修業式の式辞を紹介します。

 

 令和7年度 修業式式辞

 

 3月中は高校入試が続き、登校日が少なくなっていましたが、皆さん、元気に過ごしていたでしょうか。今年度の高校入試が終わり、4月から入学生が新たに村高生として仲間入りをする事となります。

 また、これに先だって3月1日に実施された卒業式では3年生58名が本校を巣立ち、新しい人生のステージへと、歩みを進めました。

 3月に入って、新入生、卒業生にとって人生の大きな節目となる行事が続いていますが、実は、本日は、皆さんにとっても、高校生活のそれぞれの学年に別れを告げる大切な「節目の日」です。

 皆さんは、一年間取り組んできた授業の学習成果について、それぞれ「履修」及び「習得」が認められ、本日、修業式を迎えることになりました。

 

 まずは皆さん、今年度、ここまでよく頑張りました。皆さんの、この一年間に積み重ねた努力に敬意を表すると共に、着実に積み上げた単位の履修・修得を、皆さんと共に喜びたいと思います。

 

 さて、皆さん、何かをコツコツと積み重ねることの大切さは、こうした、節目の日に強く実感できるものだと思います。高校生活では、例えば学習の積み重ねの大切さは「修業式」や「卒業式」の時に深く感じることができます。また、部活動ならば、引退を迎える最後の大会に出場した時、最後の作品の制作を終えた時などに、深い感慨とともに味わえるのだろうと思います。

 

 ただ、私たちは毎日の生活を続けるにあたって、必ずしも順調に、うまく物事が進む事ばかりではないことも良く分かっています。

 以前もお話ししましたが、多感な年頃の皆さんは、おそらく様々な悩みを抱えて、毎日を過ごしているのだと思います。感情の起伏も大きく、自分の気持ちを上手くコントロールできない事もあるでしょう。

 時に、友人の発した言葉で深く傷ついたり、反対に、とびきり元気になれたりしながら、高校生活を送っているのではないでしょうか。

 それでも、ここにいる皆さんは節目の修業式を迎えることができたのです。今日は、これまで頑張ってきた自分をしっかりと褒めてあげてください。

 

 さて、私もあと一週間で人生の大きな節目の日を迎えます。これまで、かつて、私も皆さんと同じくらい若い頃は、小・中・高・大学で、それぞれ進級や卒業の節目を経験してきました。その後、37年間は宮城県の公立学校教員として歩んできましたが、いよいよゴールテープを切る時を迎えました。

 私は、自分の教員生活を振り返ると、順調にうまく物事が進んだことはほとんど無く、思い通りの生徒指導ができなかったり、予定通りの授業ができなかったりと、苦しい場面の連続だったように思います。仕事の手際が悪かったので、毎晩遅くまで職場に残り、何とか仕事をこなしてきました。悩みを抱え、学校や職場に行くのに気が重い日もありましたし、転職したいと考えたこともありました。

 それでも、幸い、良き生徒や同僚の先生方との縁に恵まれ、そうした人たちに支えられ、励まされ、何とかここまで、仕事を続けることができました。

 今、実感しているのは、ここまで続けてくることができて本当に良かったということです。今となっては、上手くいかなかった指導や、残念な経験でさえもが、かけがえのないエピソードだったと感じています。最後の勤務校となった村田高校まで、これまで併せて13カ所で働いてきましたが、どの職場の経験もとても貴重でかけがえのないものでした。

  村高生の皆さんにも、将来、続けてきて良かったという経験を味わってもらいたいと思います。そのためにも、まずは来年度の高校生活で、2年次の皆さんは卒業式、1年次の皆さんは次の修業式で、自分の歩みを良かったと振り返ることができるような日々を過ごして欲しいと思います。

 村高生、先生方の今後の益々の活躍を心からお祈りして、私からの話を終わります。

 

  2年間にわたり、連載した「校長のつぶやき」は今回で26作目ですが、私は今月をもちまして役職定年を迎えますので、私のつぶやきはこれが最終回となります。村田高校は、もっと紹介したいことが沢山ある素晴らしい学校です。この学校に勤務できて本当に良かったです!

 これまでブログを御覧いただきました皆様に心より感謝申し上げ、皆様の御健勝・御多幸と、村田高校の益々の発展を祈念して、最後の挨拶と致します。

 本当にありがとうございました。 (安斎 善和)

 

【校長のつぶやき】卒業式が行われました(2026.3.1)

 春の陽気の元、3月1日(日)に卒業証書授与式が挙行されました。来賓、卒業生の保護者・御家族、本校教職員に見守られ、58名の卒業生全員が本校を巣立っていきました。

 

 

 いよいよ役職定年を迎える私にとっても、節目となる卒業式となりました。式辞は、1年前より構想を練って準備をしてまとめました。

 

 

  卒業生、保護者の皆様、先生方に思いを寄せると共に、自身の教員生活を振り返り、縁あった出会ったすべての皆さんへ感謝の気持ちを込めて綴りました。

(Web上ですので、登場する生徒の名前を伏せて御紹介します。)

 

 

 

 式 辞 

 

 雪の衣をまとう蔵王の峰は麗しく、それでも里山から届く梅の花の便りは、ここ村田の地への確かな春の訪れを告げています。

 本日 村田町長 大沼克巳 様、本校PTA会長 佐々木和人 様、同窓会長  髙橋秀夫 様をはじめ、多くの御来賓、保護者、御家族の皆様の御臨席のもと令和七年度卒業式を挙行できますことは誠に大きな喜びであり、心より御礼申し上げます。

 

 卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。

 今日は皆さんにとって間違いなく人生の節目となる一日だと思います。皆さんの、記念すべき旅立ちの式典に同席できることを大変光栄に思います。

 そして保護者、御家族の皆様にも心より御祝い申し上げます。御子息・御息女がこの世に生を受けて以来、皆様は我が子に寄り添い、その成長を喜んだり、体調を崩せばハラハラしたり、幾度もの一喜一憂を繰り返しながら、人生を歩まれてきた事と思います。とにもかくにも本日の晴れの日を迎えるにあたり、全てのスタートは、一人一人の子ども達の生誕の日でした。保護者、御家族の皆様は、その日のことをよく覚えていらっしゃるのではないでしょうか。

  特に、ご懐妊後は時につわりに苦しみ、ご自身の体調が悪くても薬も飲めず過ごし、お腹を痛め出産に至ったお母様は、そのご経験もあるが故に、我が子の生誕の日は、特別な一日だったと拝察致します。

 生誕の日を節目ごとに祝う、誕生日は大切な記念日です。誕生日は、親と子を結ぶ特別な一日であると思います。三組には本日誕生日を迎えた卒業生がいます。○○○○さん、誕生日おめでとうございます。 【会場拍手】

  私は、初任の頃、クラスや授業の生徒に、このように教室で皆に紹介をしながら誕生日カードを渡していました。新米教師として指導や関わりが上手くいかなかったとしても、誕生日を祝えば生徒は嬉しいだろうと考えました。着任早々、生徒の誕生日を教務手帳に書き込み、絵はがきを誕生日カードとして準備しました。生徒の担任や部活動の顧問などに取材しながら、生徒の良いところや頑張っている事を、そして励ましの言葉を絵はがきカードに書き込みました。

 教員一年目に渡した誕生日カードは約二百二十枚。授業や朝のSHRのはじめに、誕生日の生徒を紹介して手渡しました。長期休業中や、国体の遠征などで長期間学校を空ける際は、帰省先や遠征先から生徒の自宅あてにはがきを郵送しました。

  初任校勤務は七年、その間延べ千数百枚のカードを作りました。的を得たメッセージばかりだったとは思いませんが、誕生日カードを受け取り嫌な顔をする生徒はいませんでした。「誕生日に、家族からお祝いの言葉をかけられなかったけれど、先生から誕生日カードをもらえたので、本当に嬉しかったです。」と、感謝されたこともありました。

 初任校を離れ三十年も経ちますが、「いただいた誕生日カード、今でも大事に持っています。」とか「人生で唯一受け取ったエアメールが、先生からの誕生日カードです。」という声も年賀状などで届くことがありました。

 

 さて、皆さんが受け取った卒業証書には皆さんの生年月日が記されています。卒業生の門出にあたり平成十九年度の手記を開き、皆さんの生誕の日を振り返ってみました。私は当時、宮城県教育研修センターに勤務していました。その一部を紹介します。

  一組 ○○○○君の生まれた日は、金曜日。この日私は、科学巡回教室のメンバーとして東日本大震災被災前の名取市立閖上小学校を訪問。子ども達と風車を作り、校庭を走って手にかざした風車を回しました。当時の閖上小学校校庭の遊具や校舎が思い返されます。この日は、山形に住んでいる教え子からサクランボが届き美味しくいただいた日でもあります。

  二組 ○○○○さんと三組 ○○○○さんの生まれた日も金曜日。この日私は、帰省先の愛知県にいました。よく晴れた風の無い暑い日でした。家族でレジャー施設に出かけ、芝生の広場を散策したり、遊具で遊んだりしながら、楽しく過ごしました。夜は、高校時代の恩師宅を一家で訪れ、恩師のご家族と共に呑んで語らう楽しい時間を過ごしました。

  三組 ○○○○さんの生まれた日は水曜日。この日、小学校一年生の長女は、校内持久走大会に参加しました。校庭三週・六百メートルをトップで走り抜く姿を、妻がハンドカメラでビデオ撮影していました。その後、長女の陸上大会の追っかけビデオ撮影は、彼女の陸上競技引退レースとなった高校三年生の東海インターハイ四百メートルリレーまで、十二年間続きました。

 ○○○○君の生まれた日は木曜日でしたが、この日は、長女の誕生日プレゼントを買いに本屋さんに立ち寄りました。おてんば娘だった長女へのプレゼントは、学研の「昆虫の図鑑」でした。

 

 一組担任、○○○○先生が生まれた日は火曜日。当時、柴田高校陸上部の顧問だった私は、部員たちと、前々日に遠征した「田尻クロスカントリー大会」の反省、そして三日後に控えた「亘理クロスカントリー大会」への準備に関するミーティングを持ちました。部活の時に、私も生徒と共に走っていた懐かしい時代です。

 二組担任、○○○○先生が生まれた日は木曜日。大学生だった私は、その日は夜遅くまで研究室に残り、卒論のフィールド、能登半島で採取した泥や、貝殻の化石の分析作業を行っていました。

 三組担任、○○○○先生が生まれた日は火曜日。夏休みに入って間もないこの日、私は東京・国立科学博物館の高校理科教員研修会に参加。当日の研修内容は「人類の歯と進化」で、講義の後に、人類の頭蓋骨の化石を観察しました。

 三年次主任の○○○○先生が生まれた日は木曜日。高校二年生だった私は、愛知県に住んでいました。この日はプロ野球日本シリーズの中日対西武の第五戦が行われ中日は敗れ、この年は最終的に西武が日本一になりました。当時中日ドラゴンズの監督だった近藤貞雄さんは、私の通う高校の卒業生でしたので、学校では皆で大変残念がったことをよく覚えています。

 

 縁あって村高で出会えた卒業生や先生方のおかげで、私は、これまで過ごしてきたいくつもの日々と手記を通して向き合い、かけがえのない時間を振り返る機会をいただきました。

 皆さんにとっての原点とも言える、この世に生を受けた日は、ご両親、ご家族にとっても特別な日でした。そして、まだ皆さんと出会っていなかった私にとっても、人生で欠かすことのできない体験を重ねた一日でした。

 私たちが何気なく過ごしている「毎日」は、誰かにとってのかけがえのない生誕の日でもあり、また、別の誰かにとっては この世を去る旅立ちの日でもあることでしょう。この世に生を受け、限りある時間を生きる私たちは、だからこそ、毎日を愛おしみ、大切に過ごしていきたいものです。

 

 卒業生の皆さんとは、二年間学校生活を共にしてきました。本校創立百周年の節目を二年次で迎えた皆さんは、そのチームワークで本校の歴史を着実に積み上げてくれました。

 白石蔵王駅で修学旅行のお迎えをした時は、添乗員の方から皆さんのマナーの良さを褒めていただきました。同じホテルに宿泊していた一般客の方に、皆さんが気持ちの良い挨拶をしてくれたおかげです。

 三年次で迎えた体育祭では、体育祭実行委員長の○○君を中心に全員がしっかり団結して、なんとも温かい雰囲気を作り盛り上げてくれました。皆さんがリードしてくれたおかげで、下級生も安心して楽しむ事ができたと思います。開会式では選手宣誓の三名が工夫を凝らしたパフォーマンスで笑いを作り、閉会式では、三年次が表彰台を独占していました。それぞれが趣向を凝らして作ったクラスTシャツも宝物ですね。私も沢山の寄せ書きをお願いされて、とても嬉しかったです。

 文化祭も、実行委員を○○さん、○○さんがまとめ、3年次の皆さんが団結して盛り上げてくれました。文化祭前には、毎日遅くまで学校に残り、後輩達を優しくリードしながら準備にあたっていたのが印象に残っています。皆さんのダンスやバンド、歌や発表などに混ざって、私も杉井先生と漫才を披露した事は良い思い出です。

 同時開催の「親と子と先生といも煮会」。どの鍋のいも煮も、最高に美味しかったですね。お替わり回数の最多記録は誰がつくったのでしょうか。

 

 やはり、こうして振り返れば、どの毎日も、なつかしく愛おしいものです。皆さんが村高で過ごした三年間に、この学び舎で出会った数え切れないエピソードの一つ一つが、皆さんの今後の人生の糧となる事を、教職員一同心より願っています。

 そして、これからも卒業生の皆さんが、自分の歩みを振り返った時に、ふっと笑顔がこぼれるような、素敵で、誠実な人生を歩み続けられるよう、心よりお祈りしています。卒業生の皆さんをこれからも、いつまでも応援しています。

 

 保護者の皆様には、三年間にわたり、本校の教育活動推進に向けて温かいご支援と多大なるご協力を賜りましたこと、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

 また、本日ご多用の中、ご臨席賜りました来賓の皆様には、これまでお寄せにいただきました、本校へのご厚情に感謝申し上げるとともに、今後とも引き続きのご支援・ご鞭撻をお願い申し上げます。

 結びに、ご臨席の皆様の今後益々のご発展、ご活躍を、そして卒業生の前途に幸多からん事を、心より祈念して式辞といたします。

 

     令和八年三月一日

                  宮城県村田高等学校 校長 安斎善和

 

 ブログを見てくださっている皆さん、いよいよ今年度も最終盤を迎えました。今回もブログを見ていただきありがとうございました。インフルエンザ等の感染症も相変わらず流行していますので、感染予防を万全にされ、くれぐれもご自愛の上お過ごしください。今年度もあと一月、共に毎日を大切に過ごしていきましょう!

【校長のつぶやき】村高冬支度(2025.12.22)

 2025年も間もなく幕を閉じようとしています。本日は冬至、1年を通して最も昼の時間が短い日です。皆さん元気にお過ごしでしょうか。

 全国的にインフルエンザ、新型コロナウイルス等の感染症が猛威を振るう時節を迎え、本校も二年次で臨時休業日を 設けるなど、感染症拡大防止への対応に追われました。体調を崩した生徒、教職員、そして保護者・御家族には心よりお見舞い申し上げます。これから寒さも一段と厳しくなりますので、皆様どうぞ御自愛のうえお過ごしください。

 

 さて、12月19日(金)は快晴になりました。空気は澄み、野球グラウンドのネットの先に、南蔵王連峰の美しい稜線が映えていました。屏風岳の尾根筋、右手が木に隠れていますが宮城県内最高標高地点の屏風岳、左手のピークが南屏風岳となるのでしょうか。

 

 

  校舎内3階から、少し位置を変えて屏風岳を収めました。

 

 

 上空上層に目をやると、巻雲と飛行機雲が観察できました。

 

 図書館前は、クリスマス気分を盛り上げるの楽しい手作り装飾が登場!

 有名百貨店のショーウィンドーさながらに、本校の図書館前は、いつも季節感溢れる素敵なアートスペースとなっています!

 サンタさん達もお行儀良く並んでいます。前列の小さいサンタさんはサンタクロースのお手伝いをするフィンランドの妖精、ヨウル・トントゥかな?

 

 クリスマスアドベントカレンダーが飾られています。ゴールは最後の登校日の「23日」ですが、クリスマスイブ、クリスマスと、皆さん楽しく過ごしてください。この時期は、わくわくしますね。

 

 

 そして、年が明けると、2026年。干支は丙午(ひのえうま)です。来月は、ついに私も還暦を迎えます。

 

 ブログを見てくださっている皆さん、今年もブログを読んでいただきありがとうございました。皆さん、どうぞ良いお年をお迎えください。

【校長のつぶやき】図書館新着2冊を紹介します〈能登半島を思う〉(2025.12.1)

 今年度、私のおすすめの書籍2冊が、本校図書館蔵書に加わりました。いずれも、敬愛する東山魁夷先生(1908-1999)の著書です。国民的画家と称され、文化勲章を受章した日本画の巨匠は、名文筆家でもあります。作家・川端康成先生に「散文詩のような文章が音楽を奏でている」と評された随筆集「風景との対話」です。

 もう一冊は絵画集「白夜の国」です。魁夷先生は54歳の時、奥様のすみ様とともにデンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドを訪問し数ヶ月間の制作旅行をしました。このときに描かれた風景画が、短いメッセージとともに絵本のように配された美しい本です。

 村高生の皆さん、図書館で本を手に取り眺めてくださいね。

 

 昨年度の「図書館だより 第105号(R6.3.1)」に寄稿したつたない文章をご紹介します。

 

  「風景との対話」                                      

 みなさんは、これまでにどのような本に出会ってきましたか。小さい頃は好きな絵本があったり、文章を読むのは苦手だけれど、漫画なら沢山読んできました、という人もいると思います。どのようなジャンルの本であれ、読書を通して自分が大好きだと思える作品と出会えることは幸せなことですよね。私が最も大きな影響を受けている本は、日本画家・東山魁夷(ひがしやま かいい)さんの随筆集「風景との対話」や絵画の作品集です。今回は、私が東山芸術に出会った経緯を紹介します。

 私は、学生時代に地形学を専攻していました。卒業論文研究は、石川県能登半島の地殻変動。仙台でアパート暮らしをしながら能登の港町にも下宿先を見つけ、中古の原付バイクで半島全体を巡りました。調査では、過去の海面の高さを示す地形を測量したり、田んぼの一角でボーリング調査をして堆積物の砂泥を採取したり、露頭で貝化石などを見つけたりしました。採取した試料を仙台に持ち帰り、大学で化学分析をしてデータを集約し、一万年前くらいから現在までの半島全体における地盤運動を考察しました。この調査で、能登地方ではこの期間に何度か大きな地震があり、半島全体が北西上がりに傾きながら隆起をしたことがわかりました。(令和6年1月1日の能登半島地震でも、同様の傾向が見られました。)能登の美しい風景と対話することで、わずかばかりの成果をたぐり寄せ、それをまとまた事が私の学生時代の忘れ得ぬ思い出です。

 私が随筆集「風景との対話」と出会ったのは、教員になったばかりの頃。書店でこの本を見つけ、タイトルに一目惚れしました。地形学者以外に風景と対話するのはどのような人だろうと思い、その本を購入しました。

 以来、彼の生き方や絵画作品に共感し続けて現在に至っています。1998年の冬。私は東山さんにファンレターを出しました。日本画家として風景との対話を続けてきた事への敬意や、学生時代に地形学をかじった私の、つたない「風景との対話」についての思いを綴った内容でした。すると、東山さんから返事が届き、さらに画集や随筆集なども送ってくださりました。没後25年を経てなお、国民的画家と評される東山さんからいただいたお便りや書籍類は私の宝物です。

 東山さんは、絵になる場所を探すという気持ちを棄てて、ただ無心に眺めていると相手の自然のほうから、私を描いてくれと囁きかけるように感じる風景に出合ったそうです。そして、その何でもない一情景が彼の心を捉え、足を止めさせ、スケッチブックを開かせたのです。彼をこの境地にまで高めたのは、終戦間際に徴兵され、陸軍での特攻訓練に参加した経験でした。ほどなく終戦を迎え、他力によって生かされていることを悟った東山さんは、以後珠玉の名作を次々に世に送り出しました。

 東山さんは能登の海も描き、私が旅行で何度か訪問した北欧諸国の風景画も沢山残しています。長女の名前は、フィンランドの森と湖を描いた作品のタイトル「スオミ」から命名しました。私の人生の歩みの傍らには、いつでも東山絵画が寄り添ってくれているように感じています。

 皆さんも、機会があれば東山さんの絵画作品や著書に触れてみてくださいね。

 

 私は今夏、37年ぶりに能登半島を訪問しました。令和6年元旦に発生した「能登半島地震」、同年9月の豪雨災害によって、半島内の道路は今なお至るところで寸断され、丘陵地では至るところで地滑り、斜面崩壊が確認されました。

 昨年度、本校生徒会では文化祭収益金の一部を、地震・豪雨で大きな被害を受けた能登の方々への義援金とさせていただきました。一連の自然災害で犠牲となった方々に哀悼の意を捧げるとともに、一日も早い能登の復旧・復興を心より願っています。

 

 能登半島・石川県珠洲市の見附島付近。以前は海水浴を楽しむ方々で賑わっていた観光地にも、地震災害の痕跡が残されています。後方に写る見附島は、船のように見えたかつての姿から「軍艦島」とも呼ばれていました。現在は地震の揺れで島の形が崩れ、ずいぶん雰囲気が変わってしまいました。

 

 

 輪島市曽々木海岸付近。地すべりによって崩壊した斜面が連なっていました。

 

 

 輪島市曽々木海岸のトンネル入り口付近。片側交互通行にして、入り口付近の地すべりによって生じた土砂の撤去・復旧が行われていました。

 

 今年8月にも線状降水帯が能登半島付近に発生し、新たな豪雨被害が生じました。地すべりに伴って倒れたばかりの木々の姿が痛々しいです。

 

 

 輪島市ツバ崎付近。地震隆起により、海岸線一帯の地盤が高くなったようです。

 

  一方、能登半島内湾に位置する能登島では地盤が沈降して、海水面がかなり高くなったようです。家屋の基礎くらいまで海面が到達しており、居住ができなくなった家もあるのだろうと思いました。

 

 

 写真遠方に見えるのが「能登島大橋」です。かつては、能登島につながる唯一の橋でしたが、現在は「ツインブリッジのと」からも能登島へ渡ることができます。

 

 

 ブログを見てくださっている皆さん、いよいよ年の瀬が迫ってきました。インフルエンザ等の感染症も流行していますので、感染予防を万全にされ、くれぐれもご自愛の上お過ごしください。

【校長のつぶやき】村高祭(2025.10.25)

(村高祭パンフレットより)

 本日は、ご来校いただき誠にありがとうございます。記録的な猛暑の季節を終え、ここ仙南の地の里山も「秋本番」を迎えています。

秋といえば「芸術の秋」という言葉を連想します。村高生の芸術・文化の一大祭典である村高祭、今年は「BeReal.~村高祭の思い出をシェアしよう~#マジヤバイ村高界隈」のテーマのもと盛大に開催されます。村高祭実行委員を中心に、各参加団体の生徒たちが心を込めて皆様を歓迎し、おもてなしいたします。

そして、秋といえば「食欲の秋」でもあります。今年度も「親と子と先生といも煮会」では、普段の学校生活では味わうことのできない、「美味しくて楽しい時間」を満喫できることを期待しています。

ご来場の皆様と村高生が力を合わせ、思い出に満ちた「秋の一コマ」を心に刻めるよう祈念して、挨拶といたします。

 

 いよいよ、村高祭!生徒会執行部の生徒はもとより、村高祭実行委員をはじめ展示発表各団体の生徒が、この日のために準備を進めてきました。

 

 まずは、前日の最終準備より紹介します。

 

 校舎前の階段には、「歓迎アーチ」掲げられています。この日まで、担当生徒が飾り付けを頑張って準備してきました。

  

 私たち(実行委員長も含む)も頑張りました。歓迎アーチは生徒会、実行委員、担当して作りました。設置には男子バスケットボール部も協力してくれました。

 

  慎重にパーツを運び、組み上げていきました。大きさも、階段スペースにフィットするように計算されていました。2日間、雨、風が無いことを願うのみです。

 

  設置終了!生徒たちの歓声と拍手が、校舎内まで届きました。コモンホールスペースよりの眺めです。見学を終えて帰るお客様に「Thank You」のメッセージがちぎり絵で綴られました。優しくて温かい、素敵な作品です。毎日遅くまで学校に残り製作してくれた皆さん、本当にお疲れ様でした。

  歓迎のゲートは、校地の入り口だけではありません。体育館の入り口にも風船を使った「歓迎ゲート」が設置されました。担当の生徒たちは、一生懸命に風船を膨らませていましたよ。

 

 ステージでは、映像・画像の確認が行われていました。様々な発表が準備されていて、何だか楽しそうですよね。

 

 いよいよ村高祭初日。快晴の秋晴れとなりました。本日は主に全校生徒でステージ発表を鑑賞しました。

 

 歓迎アーチもきれいにできましたが、「C」の文字が少し動いてしまったかな?

 風船も、きれいに飾り付けられました。実行委員の生徒が、朝の打合せをしていました。

 

 

 11月のパソコン甲子園・全国大会に出場するコンピュータ部の発表がありました。出場選手の皆さんは、本番でもプレゼン頑張ってくださいね!

 

 お昼には、PTAの皆さんに作ってもらった「芋煮」を全校生徒、先生方が一緒に食べました。本校恒例の「親と子と先生と芋煮会」のために、お忙しい中お力添えいただいた22名のPTAの皆様、豚肉の提供をしてくださった「とんとんの丘もちぶた館」様本当にありがとうございました。

 

 家庭クラブの生徒がPTAの皆さんへの御礼として心を込めて作ったブラウニーが手渡されました。

 

  作られた鍋によって味付けがそれぞれ微妙に異なっていましたが、どの鍋の芋煮も、とても美味しかったです。生徒も先生方も何杯もお代わりしていました。

 

 

 午後のステージ発表も、生徒と先生方が協力して温かい雰囲気の時間を作ってくれていました。本当に楽しいひとときでした!

 

  私も若手の先生とコンビを組んで「漫才」で参加しました。思いやりのある村高生は、温かく私たちの芸を見守ってくれていました!生徒の皆さん、先生方、ステージを盛り上げてくれて本当にありがとうございました。

 

 今年の村高祭期間中に、29年前に担任していた教え子が、わざわざ山形県から私に会いに来てくれました。今は、JR東日本東北の運転士として活躍しており、山形新幹線も運転しているそうです。

 「校長のつぶやき」ブログをいつも読んでくれているとの報告を受け、大変嬉しかったです。

 村高生、本校卒業生はもちろんのこと、このブログを読んでくれている、これまでに私と縁のあった皆さん、本当にありがとうございます。大いに励みになります。

 私が、このブログを書けるのもあと五ヶ月ほどとなりますが、今後ともどうぞよろしくお願いします。

 

 ブログを見てくださっている全国の皆さん、朝晩の冷え込みが激しくなってきましたので、くれぐれもお身体に気を付けてお過ごしください。